都市を離れ、草原で生きる女性

モンゴル・ストーリー
b.enkhtuya@montsame.gov.mn
2026-02-09 16:51:33

(ウランバートル市、2026年2月9日、国営モンツァメ通信社)私の名前は、ワンチグ・バサンホルローである。ヘンティー県デルゲルハーン郡、ヘルレン・トーノ・バグの遊牧民である。遊牧に携わって、今年で21年になる。

もともと私は、家畜や遊牧について特別な知識を持っていたわけではない。モンゴル科学技術大学で測地工学を学び、卒業後は都市部で技術者として3年間働いていた。

生活が大きく変わったのは、妊娠によるつわりが重く、仕事を続けるのが難しくなったときであった。2年ほどで都市に戻るつもりで、ひとまず田舎に行く決断をした。当初は、夫に都市で働いてもらうことも考えた。しかし、長年遊牧民として生きてきた人に無理を強いる必要はないのではないかと思い直し、私自身が夫のもとへ行く道を選んだ。

草原で馬に乗り、風を切って駆ける夫の姿を見たとき、強い誇りを感じた。夫の夢を支えようと決めたその瞬間、遊牧の暮らしは、夫一人の夢ではなく、私たち二人の夢になった。

遊牧の仕事は重労働で、時間に追われる毎日が続く。決して楽な仕事ではない。最初に覚えたのは牛の乳しぼりであった。今は乳製品を自分の手で加工し、暮らしを支えている。知らない土地、知らない人々、経験のない仕事の連続であったが、夫や義理の家族の支えを受けながら、少しずつ身につけてきた。

近年は「数より質」を重視し、家畜の頭数を従来の3分の1に減らした。安全で清潔な乳製品づくりを目標に掲げ、家計収入の向上にもつなげている。私たちの住まいは市場から遠く、搾った乳はすべて加工する必要がある。

年間は、アーロール、チーズ、エーズギー、白バター、レーズン入りハイルマグ、ギーなどを合わせて約500〜550㌔生産し、地元の郡のほか、ウランバートル市やゴビスンベル県で販売している。

乳製品づくりは体力を要する仕事であるが、購入した人から寄せられる「おいしい」「ありがとう」という言葉が、何よりの励みになっている。

時々私は思う。人々は「仕事がない」と言うけれど、モンゴルの田舎で、生活を支える仕事があふれている。