エンフビルグーン氏:救出した人々が元気である、この職業を選択してよかったと思う

社会
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2025-06-20 11:58:34

(ウランバートル市、2025年6月20日、国営モンツァメ通信社)本日は非常事態庁の記念日である。

今から22年前、すなわち2003年6月20日のこの日、モンゴル国会において「災害防止法」が採択されたことにより、現代の非常事態庁の設立に向けた基盤が築かれた。これを受け、2004年には閣議の第1号決定によって同庁が正式に設立され、さらに2005年の法改正により、その名称が「非常事態庁」と改められた。

こうした経緯から、毎年6月20日は「非常事態庁の日」として記念され、祝われる伝統が根づいている。

この「非常事態庁の日」にあたり、国家非常事態庁に所属する空からの捜索救助部隊・第111部隊のパイロット、B.エンフビルグーン上級中尉を特集する。同氏は、非常事態庁における初の専門訓練を受けた2名のパイロットのうちの1人である。

同氏は非常事態庁のパイロットとして勤務するようになった経緯について、「私は本当に飛ぶことが大好きな人間である。好きなことに導かれて、最初はツォンジンボルドグにある飛行訓練センターで操縦を学んだ。その後、非常事態庁の採用募集の公告を目にし、自分に自信が湧き、さらに成長できると感じて応募した。選抜試験に合格し、非常事態庁の隊員となってから、これまでに50回以上の出動任務に参加し、多くの人々の命や健康を守る活動に携わってきた。それは非常にやりがいのあることである。緊急を要する患者を病院間で搬送したこともある。最近、森林火災の現場で活動していた100人以上の消防士を輸送する飛行任務が行われた。もちろん、捜索救助の飛行にも出動している。飛ぶたびに経験が積み重なり、自身のスキルも向上しているのを実感している」と述べた。

一方で、この組織に初めて足を踏み入れたとき任務を果たしたときのことについて、「すべてのことに責任を持って取り組むべきだと思っている。もちろん、ある程度の恐怖があるのは当然で、気持ちが落ち込むこともあった。でも、それらを乗り越えるだけの精神的な強さが自分にはあったと感じている。その支えになったのは、この組織が私に寄せてくれた信頼、そして仲間たちからの励ましである。また、緊急支援を受けた市民の方々からの言葉も、私の力になり、この仕事をさらに好きになる理由のひとつになっている。重い病気の方や事故に遭った人を搬送するのは簡単なことではない。特に幼い子どもたちの場合は、見ていて胸が痛み、ショックを受けて気持ちが沈むこともある。それでも後から『あの子は治療を受けて退院した』『元気になった』という話を聞くと、心から安心するし、自分の職業を誇りに思う。ああ、自分は正しい道を選んだんだな、と実感する。つまり、救った命が今も元気に生きている、それを見ることが、この仕事に就いた意味そのものなんである」と語った。

エンフビルグーン氏は、非常事態庁で最初に専門訓練を受けた2人のパイロットの1人とされていたが、現在は同氏に続いて10人のパイロットが加わり、計12名体制となっている。隊員が増える中、互いに学び合い、経験を共有しながら活動するこの部隊には、設立からの5年間で、1日だけでも数え切れないほどの出来事が起こってきた。

出動の回数は日によって異なり、多い日もあれば、出動要請のない日もある。それでも、常に待機し、万全の態勢を整えておくことが非常事態対応の使命である。

設立から5年を迎えた空からの捜索救助第111部隊は、現在、パイロット、整備士、救助隊員、医師など、70名以上の職員が在籍している。過去、地上からの搬送が困難な158件の緊急出動に対応し、210人以上の市民に医療支援や処置を施し、医療機関へと引き継ぐ任務を果たしてきた。

また、ヘンティー県、フブスグル県、ドルノド県、セレンゲ県などで発生した森林火災の現場で、隊員の輸送や火災監視のための合計105時間に及ぶ特別飛行任務が実施された。