内田肇氏:残りのバンカー人生をモンゴルとともに歩んでいきたい

経済
41@montsame.mn
2018-02-14 12:56:38
 
昨年10月にモンゴル貿易開発銀行(TDB)駐在員事務所所長に就任されたばかりの内田肇さん。内田さんは三井住友銀行(SMBC)ウランバートル出張所の所長赴任の経験もあり、日本の銀行界におけるモンゴル通の人物。今回は弊紙がスペシャル・インタビューとしてTDB駐在員事務所所長に、両国経済交流やその動向などを含めて駐在員事務所として具体的な活動や取り組み、今後の意気込みなどを聞いた。


――モンゴルと日本のビジネス交流及び両国協力の拡大への寄与と対モンゴル投資誘致を目指してこの東京駐在事務所の設立4年目を迎えようとしています。具体的なご活動を挙げると・・・
 昨年10月の所長就任以来、モンゴル市場にご関心を頂戴している日本の幅広い中堅中小企業の皆様より、数多くのご相談を頂戴しております。お尋ねになられるのはモンゴルのマクロ経済動向はもとより、個々の商材のモンゴル市場での販売拡大の可能性や、その商材の貿易にまつわる決済に関するご相談で、それに対して的確なアドバイスを行うように心がけております。また、そのアドバイスの結果、モンゴル進出のご決断をされた中堅中小企業様には、モンゴルでの現地法人開設のアドバイスや具体的手続きの側面支援を行っております。また、大事なことは現地法人を開設することではなくて、開設した後に、いかに上手に経営していくことかです。そのためのノウハウや知見も、邦銀時代に培った経験や人脈を元に、充分にアドバイスしたいと思っています。それ以外にも、相対的に高金利の利回りが期待出来る運用をご希望のお客様には、モンゴルのカントリーリスクにまつわる説明責任を果たしたうえで、モンゴルでの資金運用の手段についても情報提供を行っています。
 もちろん、究極的には日本の金融市場で社債を発行したり大型の調達をやりたいという希望はありますが、ここのモンゴルのカントリーリスクが改善するまではまだまだ時間がかかるものと思っていますので、この目標は中長期的な目標に留めています。時折、東京事務所の支店化の話題もお客様から頂戴しますが、それも同様の課題を抱えているものと思っています。一方で、世界の金融はフィンテックやブロックチェーン、ICT技術革新が日進月歩で進んでいます。そもそも私は金融とITというのは親和性が高いと思っています。ここでは詳細は控えさせて頂きますが、近いうちにも新しい形のファンディングの姿をご覧に入れたいと思っています。
 
――この事務所はモンゴルに対して関心がある企業への情報や参入のアドバイスを提供していますが、対モンゴル投資に関心がある企業はどのぐらいありますでしょうか。
 具体的な数字は控えさせて頂きますが、所長就任以来、膨大な数のお客様が日々、ご来店またはご連絡を頂戴しています。SMBCウランバートル出張所の所長を務めていた時よりももっと多忙になったという印象を持っています。モンゴル市場にご関心をお持ちの日本企業の分野としては、中古車や自動車部品、産業機械、医療機器、食品、再生可能エネルギー等々、非常に幅広い分野でモンゴル市場にご関心を頂戴していることを、
日本市場に身を置きながら肌身で感じている次第です。
 よくモンゴルは人口300万人の小さな市場だから魅力がない、という言葉も時折、耳にしますが、資金力やマンパワーに限界のある数多くの日本の中堅中小企業からすると、大企業が来ない小さな市場で、有効なビジネスモデルの構築に成功したら、それを基に先行者利得を確りと掴まえていける立派なブルーオーシャン戦略が成り立つ市場であると思っています。
 
――将来的にモンゴルへ投資したい、という企業が注意すべき点とは何でしょうか?
 よく冗談半分で言うのですが、「食事は何を食べるかではなくて誰と食べるか、お酒は何を飲むかではなくて誰と飲むか、仕事も同じで、何をするかではなくて誰とするか、が大事」ということ言っています。つまり、モンゴル進出事業の成否を決めるのはひとえに「誰と組むか」ということだと思います。残念ながら日本の中堅中小企業は海外進出に際して、ノウハウ知見経験があまりにも少ないことから、不幸にして騙される結
果になったり、当初よりきちんと戦略を立てていればもっと成功したのに、と思うことは多々あります。世の中には「転ばぬ先の杖」という言葉もあります。弊事務所は数多くの日本企業の皆様にとって「転ばぬ先の杖」になりたいと思っています。
 余談ですが、実は、私は日本気球連盟のパイロットでして、学生時代の昔取った杵柄で、モンゴルの大空に熱気球を飛ばしたいという夢をモンゴル駐在中に叶えました。熱気球飛行についてご興味ない方にもお分かりいただきたいのは、熱気球は上下運動しか出来ず、目的地へ到達する為には、高さによって違う風向きを読みながら飛行しなければいけません。飛行機よりもよっぽど難しい乗り物です。でも私は熱気球パイロットとしてフライトするたびに思っているのは、「見えない風を読んで熱気球を目的地へと導くパイロットの役目は、読めない時代を読みながら会社と従業員を成功に導く経営者の姿そのものである」ということです。是非、皆様にとって文字通り良き「パイロット(水先案内人)」でありたいと思っています。
 
――内田さんは以前、日本の銀行を代表していました。今回はモンゴルを代表しています。モンゴルと日本の銀行の違いは随分あると思いますが・・・。
 そうですね。今年の年頭に頂戴した年賀状には「今までは日本の銀行のモンゴル駐在員、今度はモンゴルの銀行の日本駐在員ですね」というコメントを頂戴しましたが、同じ銀行でも双方の国の銀行文化には違いはあります。どちらも良いところと悪いところはあると思います。邦銀時代には、大きな組織ですのでなかなか物事が決まらないという側面はありましたが、一度決めたら全員がゴールを目指して必死になって要所要所で務めを果たすという強い責任感が各自にあったと思います。モンゴルの銀行の良いところは、所長として東京事務所を任せたら、あまり箸の上げ下ろしまでぐちゃぐちゃ言わずに、ほぼフリーハンドで任せてくれています。その結果、拠点運営も自分で考えて、自分で実行して、自分で検証して、自分で称賛も受ければ責任も取
る、という非常に明快で機動力の高い拠点運営を認めてくれています。それにカウンターパーティーを務めてくれているTDB本部の担当者やレポーティングラインの上司も弊職が陣頭指揮を執る東京事務所のパフォーマンスに大変、満足してくれています。私は良い仕事をするには「最初に何をやらないかを決めて」、その上で「本来やるべきことに注力する」ことが小さな所帯である拠点の唯一の成功方程式だとも思っています。そ
れは「中央突破、全面展開」を旨とするランチェスター戦略です。東京事務所は所長一人の裸単騎の事務所ですが、ステークホルダー(本部、お客様、外注先など)の皆様と良好な信頼関係を構築しつつ、一人では出来ない仕事を外部の知見経験を活用させて頂く「オープンイノベーション戦略」をそのために採用しています。
いずれにしても、私にとっては、日本の銀行であってもモンゴルの銀行であっても、私自身が信ずる銀行員としての「バンカーズスピリット」という軸は一ミリもブレていないと思っています。日本におけるモンゴルの銀行の代表としての矜持(きょうじ)と、背中に背負ったソユンボ(モンゴルの国旗のこと)と日の丸に恥じないような仕事をひとつでも多く仕上げていくのが私の役目です。
 
――プロの視点からは、モンゴルの金融・銀行分野はどのレベルにありますか。
 資本主義社会の成長段階には様々な局面があろうと思います。市場経済化の試みからまだ30年程度のモンゴルの金融・銀行分野は、若い民主主義が間違いを犯すのが必定というのと同じぐらい、様々な試行錯誤があって当然だと思います。実は、私のMBA(経営学修士)取得の際の修士論文のテーマは「モンゴル国の企業ファイナンスの成長を考える」と題し、モンゴルの金融法とブラジルの金融法(私はブラジル育ちでブラジル駐在経験者です)の法比較論から、どうして同じ資源国でありながら、ブラジルはいち早く経済成長の波に乗り、モンゴルはそれに逡巡していたかを法比較論から紐解き、モンゴルが執るべき金融法整備、金融制度改革への提言をまとめたものです。モンゴルの現代金融史を紐解けば、過去30年間の間に30行もの銀行が倒産したり吸
収合併されたり種々、色々な変遷を辿っています。それは市場経済化への適応プロセスの中で必定とも言えるミスだと思っています。明治維新から150年近く経つ日本と比較するのはナンセンスでしょう。だから私は、自分が育った国で且つ、10年以上も銀行員として勤務して来た同じ資源国のブラジルを比較対象とした論文を執筆したのです。比較対象とすべきは日本ではなくて、少し先を行く中進国が適切だと思っています。


先ほどの余談のモンゴル気球連盟のお話なのですが、実は「モンゴル気球連盟」というNGOも設立しました。熱気球に興味をもってくれたモンゴル人の若者を集め、チームを作り、見たことも触ったこともない熱気球について日本気球連盟のパイロットマニュアルをモンゴル語へ全部翻訳して、毎週勉強会を開き、飛行許可を当局から取得するために私が発起人となって設立したものです。その中で感じたのは、モンゴル人はチームプレーが下手だという話は間違いだということです。良きリーダーが、一人一人の特性を見極め、責任を与え、矜持を持たせ、チームの目的を明確にすれば、リーダーが何も指示を出さずとも、黙っていても、為すべきことを為す立派なチームが出来ました。
 日本の大銀行は上司から号令がかかれば右向け右と全員が動く組織です。それに対して、モンゴルの銀行は小さな組織がいくつもあって、それらが悪く言うと勝手気ままに動いている組織です。然しながら、組織論の見地で言えば、日本が太平洋戦争に負けたのは大本営の指示がなければ動かない「官僚的な日本軍」という組織が、目的だけ明確にすれば黙っていても各自が「自分で考えて動くアメリカ海兵隊」という組織に負けたのだと思っています。その意味で、まだまだモンゴルの金融セクターの成長プロセスの途上には様々な困難があるものと思いますが、モンゴルの金融セクターの持続可能な成長に一人の日本人行員として貢献したいと思うと同時に、日本の銀行セクターが経験した不必要な間違いを経ないことを大いに期待しています。

 
――EPAは発行されてから、1年半経とうとしていますが、なかなか上手に活用されていないのが事実です。これを両国間の経済発展にどのように繋げていけば良いでしょうか。
 良いご指摘ですね。EPAが鳴り物入りで発効したのですが、税関当局の現業部門はまだまだ慣れていないことも多いと思います。これはモンゴルにとって初めてのEPAということもあって特に現業部門へ理解が浸透するには時間がかかるものと思っています。もうひとつはモンゴルの特徴でもありますが(ブラジルも同様ですが)、公務員の転職が頻繁で、実務に習熟した頃により良いポストへと転職してしまう傾向が強いという側面があるためだと考えています。これには元より、公務員の処遇待遇の改善と、公僕としての意識改革が必要だと思っています。意識改革は一朝一夕で出来るものではなく、日本がソフト面での情報・ノウハウの提供が出来るところが多々あるのではないかと思っています。
 また、そもそも論ですが、モンゴル⇒日本の商流よりも日本⇒モンゴルの商流のボリュームの方が圧倒的です。日本の自動車(中古車含む)、産業機械、医療器械等々の貿易についてはモンゴル側の受容れ実務体制が整うまでのマイナス影響が日本側にとって大きいため、早期に運用体制を固めて欲しいとひとりの日本人としても思っています。
 そのアンバランスの拮抗策のひとつとして、日本の経済産業省傘下の中小企業基盤整備機構(略称:中小機構)では時折、モンゴルセミナーと称して、モンゴルの対日輸出企業と日本の輸入企業をマッチングする機会を提供しています。弊事務所もモンゴル⇒日本への商流強化の観点より側面支援しています。それを俯瞰すると、モンゴル企業にも日本市場で受け入れられるだけの品質管理などの努力が必要だし、日本企業にもオーバースペックに見られるような不必要な拘りを捨ててもらうことも必要だと思います。中小機構の事例はあくまでひとつの事例ですが、これからの二国間関係の関係強化はこうした「官民連携」がキーワードだと思っています。私はSMBCウランバートル出張所時代に日本大使館と協力して、日本とモンゴルの間の貿易投資関係の強化をTDBを含む地場銀行と協働しながら進めて来ました。官民連携の重要さは今でも理解しているつもりです。然しながら、思うに、制度を作っても使うのは人間です。先人たちが苦労して合意し発効した制度をルール通りに遵守・実行していく「遵法精神」が後世の全ての人々に求められていると思います。EPAを有効に活かしていくためのカギとモンゴルの持続可能な経済成長のカギはそこにあるのではないかと思います。
――最後に、東京事務所所長として、または銀行界の人物としての意気込みを聞かせてください。
 ありがとうございます。実はTDB東京駐在員事務所は3年前の2014年の秋に開設されました。所長に就任してから過去の記録も見たのですが、本国TDBの開設準備委員のモンゴル人スタッフが慣れない東京のど真ん中でモンゴルの銀行として初めての日本拠点を開設するのにどれだけ苦労したかが分かりました。私は2代目の所長に当たるわけですが、TDB東京事務所開設の為に全身全霊を傾けて開設に尽力したモンゴル人行員の先達の気持ちを大事に胸にしまいつつ、しっかりとこの東京事務所を預かっていきたいと思っています。もちろん、世の中には色々な人がいます。転職を決めた時にも日本の大銀行からモンゴルのちっぽけな銀行へ移ってどうする、という心ない中傷や非難・批判もありました。ブラジル育ちでSMBC随一のポルトガル語使いで、家族もブラジル人という、何処から見てもブラジル要員だったのですが、メガバンク最後の駐在でモンゴルと出会い、第二の祖国ブラジル以上にモンゴルに魅了され、残りのバンカー人生をモンゴルとともに歩んでいこうと決意した私の気持ちは、そういう彼らには幾百万説明したとしても分からないでしょう。人生にはいくつもの歩き方があって誰一人として同じ歩き方はないと思っています。私は私の歩き方をしていくつもりです。
 実はSMBCウランバートル出張所の壁にかけてある標語と同じ標語が、今のTDB東京事務所にも架けてあります。最後にご紹介させてください。「実力の差は努力の差、実績の差は責任感の差、人格の差は苦労の差、判断力の差は情報の差。真剣だから知恵が出る、中途半端だと愚痴が出る、いい加減だといい訳ばかり。本気でやるから大抵のことは出来る、本気でやるから何でも面白い、本気でやるから誰かが助けてくれる」
 この言葉を、今もSMBCウランバートル出張所のモンゴル人スタッフが見つめてくれていると思っています。僕も同じ気持ちで同じ言葉を毎日見つめています。
 
――ありがとうございました。今後ともモンゴルと日本の懸け橋になって大いにご活躍ください。
 貴重な機会をありがとうございました。これからも日本の数多いモンゴルに関心を寄せる日本人に貴重な邦字情報を提供してください。