筑波大学准教授(看護学・高齢者ケア学)橋爪祐美さん: 働く女性の老親看護・介護の問題を研究、モンゴル家族から学ぶものは?

社会
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2017-05-26 12:07:13
 高齢化が進む日本で、働く女性の親の看護・介護における様々な問題を研究している筑波大学准教授の橋爪祐美さんが、5月2日から1週間、研究のため初めてモンゴルを訪れた。モンゴル国立医科大学や附属看護大学、あるいは一般女性と接する中で、日本とモンゴルの違いを探り、今後の研究につなげたいと意欲を語ってくれた。

――研究テーマはどんなことに取り組んでいますか?
 日本では、働きながら高齢の親を世話している女性の悩みごとや、その解決方法について研究しています。日本は65歳以上の高齢者といわれる方が約3300万人います。男女の平均寿命は、女性は87歳、男性は80歳ぐらいですが、その6分の5は元気な方で残りが介護を必要とする方です。介護を必要とする方というのは、毎日の食事、排泄、お風呂、見守りなどで人の手助けを必要とする人です。今、問題なのは認知症のある方の介護です。認知症のある方は、2012年のデータでは高齢者人口の15%いると推定されていました。日常生活を送るのに制限のない期間を健康寿命と呼びます。2013年の時点で平均寿命から健康寿命を引くと、男性で約9年、女性では大体12年ぐらいが介護を要する期間と推計されています。高齢者の病気の状態や介護を必要とする程度は人によって様々ですから、介護の期間や必要とされる内容も人によって多様です。日本の今の高齢者に対する政策は、主に高齢者の介護そのものを一部カバーすることと、それに要する経済的な支援が主で、家族介護者の心身のケアに対しては充実していないといえます。私は、その家族介護者に寄り添って実態を調査し、より良い解決策を模索しています。

――介護に関する日本の制度は?
 介護保険制度という国際的に有名な社会保険方式による公的施策が2000年に創設されました。これによって、介護を要する高齢者の在宅や施設に入った場合も、費用の負担がカバーされます。日本ではモンゴルと同様、同居する家族が高齢者の介護に携わりますが、介護する家族の7割は女性です。またモンゴルでは末子が中心に家族みんなで親の世話に積極的に関わるということですが、日本では妻(配偶者)が元気な間は中心に介護を担い(老々介護と呼ばれる)、配偶者間で介護を担えない状態が進むにつれ、高齢者の子どもである長女や、長男の嫁が徐々に携わるという文化的な背景があります。超高齢社会を迎えた日本では高齢者の療養期間が伸び、医療依存度の高い方も増えています。そのため、自宅で介護を続けるよりも施設で介護を望む場合が
増えています。しかし、施設に入るには順番待ちで、特別養護老人ホーム(常時介護を必要とする自宅で生活の難しくなった方が過ごす施設)では、約52万が入所可能ですが、ここ数年は同数が順番待ちの状態といわれていました。施設の運営には在宅でかかる費用の3倍程度を要するといわれ、その多くは人件費です。ですから、国は高齢者が家族による介護を受けて一日でも長く自宅で過ごすことを期待しています。このため、家族は働きながら高齢者の介護に携わることになります。仕事を持たずに介護に専念する家族もおります。日本の働く女性は、結婚して最初のお子さんを生むと約6割が一度仕事を辞めて、子育てに専念します。また就労する女性の約7割が非正規雇用です。しかし、バブル経済崩壊、リーマンショックなど経済雇用情勢が不安定な昨今
は、日本では結婚、出産後も働き続ける女性が増えており、高齢の親の介護に携わるようになっても働き続ける人は増えています。国は近年「ニッポン一億総活躍プラン」といって、子育て、介護に携わるようになっても離職率をゼロに近づける対策を掲げ、働きながら介護する人に対する支援サービスも出来てきました。

――働きながら介護する人々に対する業務時間の短縮などといった措置や法的環境整備はどうですか?
 代表的なものに介護休業制度があります。国はこの積極的な導入を企業に対して求めていますが、実際は企業の努力義務とされ法的な効力はありません。介護休業は対象家族につき通算93日まで、給料の約7割分が支給されます(2017年1月以降の場合)。ただし、この制度は働きながら介護する労働者の3%ぐらいしか活用していません。なぜかというと、配偶者のいる女性の場合、社会保険料の負担に関わる制度に絡んで多くが非正規雇用を希望するため、介護休業制度の対象にならないケースがあり、家族の介護のために有給休暇で対応する場合が多いのが実情です。近年、正規雇用の場合も短時間正職員といって、様々な福利厚生制度を受けられる就労形態も見受けられます。しかし、日本人には「人に迷惑をかけたくない」という考え方があり、また自分が休むと、その代わりになる労働者がすぐに配属されないという事情もあり、これらの制度を利用しにくい雰囲気があるといえます。

――モンゴルでも高齢者が増えつつあるが、モンゴルの社会についてどう考えていますか?また、日本社会との違いは?
 モンゴルの看護系大学を訪問して、訪問看護の科目を新たに創設したり、看護や介護の学習プログラムの整備を進めていることを知りました。とくにダルハンの附属大学では、学生数1000人のうち、8割が看護学生で、その5割が伝統看護学、残りの5割が現代看護学を専攻しているとの説明を受けました。伝統看護学は、鍼灸や植物・食品に含まれる薬効を医療に生かすモンゴルの伝統医学に基づくものと理解しておりますが、とても興味深いです。いくつかの大学をまわり、出会った看護の教員数名にインタビューしましたが、モンゴルでは女性も男性と対等で、老親介護は家族みんなでみるという協力体制ができています。また高齢者が介護のために施設に入るということは、あまり肯定的には受け止められていないことを知りました。施設は、社会一般的には、「家族がいない人とか、知的障害の方が入るところ」という考えのようですね。

――最近は、自宅内で高齢者がうつ病や孤独感に襲われる例が聞かれるようになりました。これについてどう思いますか?
 
日本でも同様で、それが原因で中高年の自殺率が高まっていることが問題となっています。こうした高齢者を家族の中で介護するにも限界があるといえるでしょう。高齢者のうつ病症状が重くなるに連れて、家族だけで解決は難しいわけですから、それをどう支援するかということが重要になっています。高齢者の介護に携わる家族介護者の、約4人に1人がうつ状態にあるという調査結果も報告されています。介護する家族の心の状態が健康でなければ、良い介護が提供できないわけで、その支援や解決策を研究しています。




――モンゴルで、介護関係で行おうとしている活動計画とかがありますか?
 日本の夫婦間のコミュニケーションの形式からみると、関係性は対等とは言い切れません。とくに妻は悩み事などを抱え込んで夫にダイレクトに相談しない傾向があります。理由として、私のこれまでの研究では、妻側に夫に迷惑をかけたくない価値観や、訴えたところで妻が「慰められた」と思える反応が夫から返ってこないとか、不満を訴えるよりも夫に察してほしい妻側の思いがあります。これに対して、モンゴルでは生活上の悩みなど、同じ職場の仲間同士でも、お互いの家族の事情をオープンに話し、よく理解し合って協力体制が出来ていることを感じました。また家庭の中では女性が仕切り役で、夫婦間でオープンに話をしている様ですね。そこから日本人が学ぶべき点はあると思います。一方、モンゴルの女性の中にも今後は働きながら、高齢の親の面倒を見るという日本のような状況が出てくるかもしれない。そういうところで、互いに勉強し合えるのが一番いいと思います。家族の中でも高齢者を大切にする、末子が親の面倒を見るという、モンゴル人の合理的で、かつ伝統的な美しい考え方がずっと維持されるために、何か教育研究活動を通じて貢献できることがあると、幸せだと思います。

――具体的な活動の予定はありますか?
 
モンゴル国立医科大学付属、ダルハン医科大学で優秀な学生の日本への留学支援を行います。特に筑波大学の私の同僚、トゴーバートル・ガンチメグ博士(助教)は、モンゴル国立医科大学出身で、現在、筑波大学の「ジャパン・エキスパート・プログラム」という留学支援枠で、日本の介護を含むヘルスケアに関する学士教育プログラムに関わっています。学生は4年間、介護について学び、その後、希望があり状況が整えば日本の看護師教育についても学ぶ機会を提供します。部分的ですが学費援助もあります。私の関わる大学院教育(フロンティア医科学専攻、ヒューマン・ケア科学専攻)においても留学生を募集しており、その宣伝も致します。
また、モンゴルの看護系大学の関係者の中で、私の研究に関心を示してくれる方を探し、共同研究について話し合います。実は、友人とのご縁から、このたびダルハン県庁やダルハン郊外のゲルを訪れる機会に恵まれたのですが、そこでは、「モンゴル人は、不幸や不吉なことを考えないように日々心がけている」ことを知りました。日本で家族の介護をする女性の心のケア、メンタルヘルスという観点から研究する者として、モンゴル人のそのような考え方は非常に参考になるものと感じました。

―― その方法とは何でしょうか?
 一番重要な手立ては、女性が悩みや苦しみを家族の誰かに打ち明けること。家族の中でも最も大切な相手は、配偶者(夫)です。夫による、言葉や行動によるケア(慰め、労り、愛情)です。しかし、これまで日本では夫婦の関係性について年齢を追って研究されたものはとても少ないです。私の研究で明らかになっていることとして、介護する女性の配偶者からは、妻に優しい言葉をなかなかかけにくい、できないという反応が聞かれています。日本では、『女性だから』介護しなければならない、夫の言うことも聞かなくてはならない。『男性だから』介護はできない、妻にやさしい言葉をかけるのは気が引ける、という互いの性別に関する考え方に縛られながら生きている場合が多いのでは、と推察しています。

――それは非常にアジア的な考え方ですね。
 そうですね。モンゴルはロシアの影響を受けたり、ヨーロッパ的な考えが浸透していることを感じます。

――日本における介護士の待遇は?
 介護士は、仕事の内容が重労働である割りに給料が低いため、長く同じ施設で勤めずに条件の良い他施設へ変わっていったり、体を痛めて数年で辞めてしまったりするケースが増えていると聞いています。2013年の介護職の離職率は約16%で、全産業の平均14%より高いです(看護職は約11%)。介護士養成校では定員割れも生じているようです。

――欧米では、高齢者の介護は給料の高い職とされるが、日本ではそういった認識がないわけですか?
 介護従事者の低い処遇・人材不足の要因として、看護のように生命に直接かかわる医療職と異なり、介護はどちらかというと、子育てを終えた女性向けの仕事で、誰でもできると見なされているという指摘があります。そのため、男性介護士では、結婚後は家族を養っていけないという理由から数年で転職するケースは多いようです。看護師の場合も介護士に比べて給料がよくても、女性は結婚や妊娠といった諸事情が影響し長く勤めない場合があります。最近保育所の待機児数の多さなど、母親が働くために子どもを預ける場所がないことも盛んに報道されています。年齢別労働力率の曲線で、『M字カーブ』といって、ちょうど結婚や出産のライフイベントがある女性の20~30代の労働力率が下がるという現象は、韓国や日本に多いです。またジェンダーギャップ指数といって、世界で男女の格差を比較する指標は、日本は101位です。一方、アジア諸国では上位50位内にモンゴルが入っています(2016年)。家族で子育てや老親を介護することの価値を保障する政策が創設されること、モンゴルの人々が家族で世話し合うという「美しい」価値観を、単に観念的でなく、実質的に意義づける研究を進めることで、これらの価値を上げ、大切な重要な仕事であるという考え方が普及することを望んでいます。

――ありがとうございました。また、研究継続のため、モンゴルへお越しください。