モンゴル国待望の日本人柔道監督: 鳥居智男さん 任務は東京オリンピック強化指導 超多忙な日々に充実感
スポーツ
モンゴルには今年1月に着任。かねてから日本人監督を迎えたいと強く希望していたモンゴルにとっては、待望の監督だ。昨年、日本でアジア大会があった折、モンゴル柔道競技連盟の会長でもあるハルトマー・バトトルガ大統領が、日本柔道界の大御所である山下泰裕さんに直接依頼し、山下さんから鳥居智男さんに白羽の矢が当たった。着任早々、選手をチエックし、2月には早くもヨーロッパ遠征に連れて行き、2位に食い込んだ。「優秀な選手はいっぱいいますよ」と明るい答え。しかし、問題は山積み。「この国にきちんとしたリハビリ指導が急務」と言う。東海大学院卒。現役時代は国内外の輝かしい戦歴を持つ柔道家、六段。探究心旺盛で定評がある。DVD『インテリジェンス柔道』は「立ち技編」「寝技編」とも上下巻を執筆。石川県金沢市出身、46歳。身体がいくつあっても足りない忙しさの合間を縫って、インタビューした。
――海外指導は初めてですか。モンゴルに来た最初の印象は?
中国で1年半指導した経験があります。モンゴルの印象は、古いロシアの都というイメージが強かったですね。
――監督自身の柔道歴と主な受賞歴を聞かせてください。
5歳の頃から始めたので、もう40年以上、柔道一筋にまっしぐらです。現役時代では、講道館杯と全日本実業団で共に最多優勝を。選抜体重別大会でも優勝しています。海外試合では、グランドスラムのすべてに優勝した世界初の人となりました。
――さて、モンゴルでの監督のミッションはなんですか?
東京オリンピックの代表選手を育て鍛え、一つでも多くのメダルを獲得することです。
――そのことで、日本代表選手と戦うことになっても大丈夫ですか?
もちろん。ここの道場の正面に嘉納治五郎さんの写真と、「精力善用 自他共栄」という言葉が書かれた額が掲げられていますが、日本だけが常に勝っても仕方がない。世界の柔道として国内外で共に発展させ、共に栄えると言うのが大事。柔道は面白いと言うことで普及します。
――国立スポーツ宮殿の中にあるこの道場では、大勢の大人や子どもが練習しています。監督は何人くらいに指導しているのですか?
ここは誰もが練習できる場です。600畳くらいの広さにジュニアチームをはじめ、色んな年齢層の人たちが励んでいます。私はナショナルチームの40人を中心に指導しています。男女は約半々です。
――有力な選手はいますか?
何人もいますよ。もともと能力の高い人がいる。今後、メダルに近い子を選び、世界と戦っていく選手に育てるのですから、やりがいがありますね。良い選手は強いだけでなく人としての信頼性が大切。この道場自体は出席を取っていないが、私が教える子には出席を取って、休まず真剣に努力する子を育てて、選んでいきたい。
――今のモンゴルでの課題は何ですか?
モンゴル人が持つパワーだけでなく、細かいテクニックを重視して、私が来たことで改革を進めていきたい。今、一番の大きな問題はしっかりとしたリハビリ施設がないこと、整復師がいないことです。私は大学を出た後、整復師の学校でも学んだので、リハビリの重要性を教えていき、実際に選手にリハビリを施しています。怪我をしてもリハビリをちゃんとしないと再発する。モンゴルでは柔道だけでなく、他のスポーツにとってもリハビリ施設の必要は近々の課題です。そうした施設を作ってもらえないかと相談も受けています。今回、日本のメーカーさんからも協力をいただいています。
――柔道指導のほかにリハビリもというと大変ですね。
でも、リハビリは大事。柔道から広がり、病院関係でも取り組んでいってほしい。鉄くずと戦うのではない。人と戦うのだから、細かい筋力を使い能力を使う。腰から足、腕まで、打撲、ねんざ、骨折などで危ないことはいっぱい。でも、モンゴル人は弱点をなくす努力をみな嫌う。もっと成長するために必要と言うのが伝わらない。リハビリは一人で何人も相手にできない。忙しくて、自分が10人くらい欲しいですよ。
――ところで、伝えるための言葉には困りませんか?
日本に留学した子がいっぱいいて、日本語には全く困りません。これは嬉しいですね。ただ、習慣の違いというか、時間がルーズなのが困りますね。また、予定変更が多いので戸惑うことも多いです。そのうち慣れると思いますが。
――選手は子どもの頃からモンゴル相撲をして来た人たち。柔道との違いは何ですか?
モンゴル相撲はバランス。勝負は勝つまで続ける我慢するスポーツ。日本人が見たこともない技も出てくる。独特の感覚ですね。しかし、柔道とは気持ちの持ち方が違う。柔道は攻めないと“指導”が入る。ディフェンス能力も高めていきたい。
――今後、柔道での大きな目標とする試合予定は何がありますか?
当面は今年8月の世界大会。来年は夏の東京オリンピック本番です。それ以外にグランドスラムやグランプリなどの国際大会でポイントを稼いでおきたいです。
――最後に、ご家族のことをお聞きしたいです?
つい最近、日本から家族を連れてきました。2歳の双子の娘(二卵性)と元板前だった奥さんです。日本は便利でしたが、ここでは生活に必要な当たり前のものがないのでちょっと不便ですね。食べ物は、私は何でも大丈夫ですが、娘の一人はナイーブで、もう一人は温泉の水でも大好き。奥さんは“天然”で、まったく楽天的な性格。モンゴルが楽しいようです。私は反対に神経質なところがあって、単身の時は気楽だったのが、家族が来てからは気疲れが多くて(笑)。これまでは休みの日には寝ていられたのが、いまでは子どものお散歩やらで...。まあ、大変になったら日本へ返しますよ。
――ありがとうございました。今後のご活躍に期待しています。