日本語作文コンクール 第2位 「現代モンゴル:過去100年における歴史的偉業」

教育
bolormaa@montsame.gov.mn
2022-01-14 09:19:21

弊社モンツァメ通信社の日本語版「モンゴル通信」週刊紙は、在モンゴル日本国大使館の後援の下、「モンゴル人民革命100周年、国営モンツ ァメ通信社創立100周年」記念に当たり、モンゴルにおけ る日本語を学ぶ高校生を対象に「現代モンゴル:過去100 年における歴史的偉業」をテーマの第2回作文コンクール118日に発表し、1227日に、優勝者への表彰式が催された。

弊紙は入賞3人の作文をシリーズでお届けする。



「New Generation」 学校11年生の伊藤バトナイドバル堅君


    この100年におけるモンゴルの最も歴史的な偉業は、人口増加だと私 は考えます。100年前、約70万人だ ったモンゴル国の人口は、2021年現 在およそ350万人になり、5倍もの増 加です。人口の増加はそのまま労働 力の増加につながり、また、税収の 増加等による財政の安定、国防力の 強化などのメリットもあるので、現 モンゴル国の掲げる政策の重要な部 分となっています。

    ちょうど100年前の7月11日は、モ ンゴル人民政府が樹立され、立憲君主制国家として新生モンゴルがスタートした歴史的な日でした。革命直 後の人口調査では国内に732,800人 がいて、国立統計局の資料による と、当時のモンゴルの人口は分散し ており、特に一か所に人口が集中し ていませんでした。今と違ってウランバートルには全国民の1.4%しか 住んでいなかったのを知って、私は 驚きました。その後モンゴルは人民 共和国に変わり、1992年には社会主 義を完全に放棄して、現在のモンゴ ル国に発展しました。その間にも人口は増え続けていて、初めてモンゴルの人口調査に電子計測器が導入さ れた1963年には100万人を突破し、 民主化運動が起こり始めた1989年ご ろに200万人、2015年には人口300万 人を突破しました。中でも1960~70 年代の人口増加率は著しく、1950年 代と比べおよそ5割増しで、それに 比例して世帯数も増えています。 私の父親はちょうどその世代 で、6人兄弟ですが、彼の話では6人 兄弟などは普通で、多いところだと10人兄弟やそれ以上の家族もあった といいます。一人っ子の私にとっては 想像もできません。モンゴルの人口が こうして増え続けているのには、社会 主義時代にモンゴルに入ってきた人口 増加政策とモンゴルの子育てしやすい 環境が関わっていると思います。まず政策というのは、国民が増えるほど国 力が上がり、国が豊かになるという考えで、子だくさんな母親はえらいとい うものです。1958年には5人以上の子 供を産んだ母親には2等勲章、7人以上 なら1等勲章をそれぞれ授与し称える 「アルダルトエフ(偉大なる母)」という勲章制度ができ、この制度は4人 以上で2等、6人以上で1等と基準数を 変えましたが、今も続いています。私の祖母も6人の子どもの母として勲章 を授与されていて、モンゴルの女性と してそれはすごく名誉な事だといつも 話しています。

    そして、家族間の関係が密接なモ ンゴルでは祖父母や兄姉のみなら ず、親戚に子どもの面倒を見てもらうことができます。さらに産休も比 較的自由に取れ、産後の母親が望む なら、社会復帰のみならずキャリア アップもできることが母親たちの出 産のハードルを下げています。ま た、子どもに対する給付金や奨学金 が充実していることも、子どもを育てやすい良い環境を生んでいます。 人口増加の要因として他には、医療 の発達による新生児死亡率の低下と 平均寿命の伸びが挙げられます。 モンゴルが誇る著名な作家、ナツァグドルジ氏の作品の中に「モンゴルの子供が増えますように」という詩 があります。その中に「子どもが育つというのは、国が育つという事」という部分があるように、元々子ども好き なモンゴル人が、子どもを生み育てら れる環境を整備してきた集大成が、今の人口増加につながっていると思います。今度は、私たちの世代が次の世代 のたくさんの子供たちが安心して暮ら せるような社会にしていく義務を背負っていきます。